データの見える化で健康改善

 工場の改善にはひとつのテーゼがある。「計れないものは改善できない」というテーゼである。だからそれを「見える化」することで工場改善のゴールにたどり着ける。
 改善は対象とする「ものごと」を数値というデータにして「見える化する」というシンプルな方法である。心得として5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)がある。データのデジタル化と心得というアナログが交じり合っている日本のものづくりのよさがある。

 私事ではあるが、このデータの見える化を使って自分の健康を取り戻した話を紹介しよう。昨年2019年8月の健康診断の血液検査で成人病に引っかかってしまった。血糖値、コレストロール、中性脂肪と3つすべてアウトの判定を受けた。
 これはヤバいと思い、体質改善に挑んだ。まずは数値を知る必要があるが、病院の血液検査は手間がかかる上に数日後に結果がわかる仕組みである。そこで腕に装置をつけてリアルタイムで血糖値がわかるものをAmazonで買い求め、計測することにした。


 昨年の9月からその数値を目安に炭水化物カットを中心とした食事制限と軽い運動の散歩をするようにした。すると、体重が1週間に1kgずつ減って血糖値も正常範囲内に落ちくようになった。3か月後病院で再検査を受けたところ、血糖値、コレストロール、中性脂肪ともに正常範囲内におさまっていた。医師から薬を使わずにここまで改善した人はなかなかいないと褒められた。体重の8kg減は少々やり過ぎと注意を受けたものの非常に気分がよかった。その後、年末年始のお酒月間も無事に乗り越えられた。
 3月から新型コロナウイルス感染症というパンデミックが起きている。タッチの差で健康を取り戻せて日々慎重に過ごしている。

あるべき姿をただやるだけ
 私が生活習慣病から脱出できたのには特別な秘訣は何もない。単純にヤバいと思い決断して実行に移しただけである。それまではやろうとしても自分にいろいろな言い訳をしていた。最悪の未来予想図を描いて「ヤバい」と気づいたからだ。そして実行はただ自分の意思や立場、思惑を捨て「やるべきこと」をやったに過ぎない。勿論実行は苦しいが、目に見える結果が出てくれば喜びに変わる。自分で決めて自分から進んでやって、その中に小さな喜びがあったからこそ持続も出来ている。
 コロナウイルス感染防止のための行動抑制も自分から進んでやることが大事であると思う。

中島 高英

コロナウイルスと8割の行動抑制

 いよいよ緊急事態宣言が全国を対象とすることになった。期間は4月17日から5月6日。ゴールデンウイークの移動を止め、行動抑制7割、出来れば8割の目標値が示された。
 20日間、7割、8割という数値の根拠がよく分からないものの行動抑制、接触度数の極小化は世界中でやっている唯一の方法である。
 私が一番わからないのは8割の行動抑制の元の数値、計算式でいえば分母である。何の数値をもって計るのか。人と会った回数、人数、時間、どこの数値なのかわからない。わからないからやらないという訳にもいかず自分なりに考えてみた。

割合を見るには基準値が大事
 まずは基準データをどこに置くか考えた。人数は難しいので一日の内で外出している時間を基準にすることにした。それからベースとなる基準値を1-3月の週に分けて、その中で外出時間の一番多い時間数を日に割り直して分母を決めてみた。
 分母は9時に家を出て会社に行き、夜飲んで12時に帰るという行動パターンで15時間になった。

数値の見える化が行動を抑制する
 まずは直観で何%か書き出し、その後、手控え帳から詳細に行動した時間を拾い出した。それがこのグラフである。東京に緊急事態宣言が出されてから手控え帳には誰と、どこで、何時から何時まで会ったか細かく書き残すようにしていたので簡単に拾い出せた。
接触度比率グラフ
 結果は週平均で19%、8割の行動抑制に成功した。
 何故、直観と記録と比較したかというと、どこまで思い込みがあるか知りたかったからである。前半はそれまでの約束があってどうしても出ざるをえない仕事があった。後半からはアポの依頼があっても「不要、不急」を必ず尋ねて「不急ですね」と相手から言ってもらい接触機会を減らす努力をした。それでもゼロにならなかったのは生活ための買い出しで外出したためである。0%の日は一歩も外に出なかった日である。

行動抑制の具体的な目安
 わずかな経験の範囲であるが、ここから見えてきた行動抑制の具体的な目安は次のようになる。
 1.抑制率10割 外出禁止。
 2.抑制率 9割  1日50分以内の外出(徒歩、自家用車)近所での買い物
 3.抑制率 8割  1日100分以内の外出(徒歩、自家用車)
          近所での買い物とプラスアルファ(短時間のお仕事)
 仕事については、通勤時間と方法も含めて計算する必要がある。毎朝300万の人が東京に向かって満員電車に乗って会社に集まる今の仕組みでは、8割削減の実現は不可能である。それ故に在宅ワークが求められている

総体として行動抑制
 我が社だけではないが在宅では仕事が物理的、経済的、社会的に出来ない人もいることを前提にして、日本社会全体として8割削減するにはどう解決したらよいかが課題となる。
 8割という数字を「個人の目標値」でなく「総体の平均値」と再定義する。具体的には、それぞれの会社で出勤せざるを得ない場合は最小時間を目指し40%目標とする。在宅ワーク可能な人の目標値を0%すると平均で20%となる。

「行動抑制」が社会連帯としての「行動の証」
 行動抑制をして人と会えないと孤独になり自分が無価値だと感ずるよう人は、自宅に籠り外出しないことが外出せざるを得ない人へのギフトになるとして考える。行動抑制こそがコロナウイルスの感染防止に役立つ積極的な「行動の証」であり、新しい「社会連帯」の方法である。そこには価値がある。ちょっとした発想の転換で気分が楽になる。

中島 高英

コロナウイルスとロックダウン

 非常事態宣言後、迷走していた休業要請の業種も平時の政治力学の結果発表となり、ストレス満載の週末を自宅でじっと過ごしている。
 最初は違和感があったが、聞きなれない「ロックダウン」という言葉も1月半以上聞かされていると人は慣れてくるものである。そういえば社会党の福島みずき党首が「ロックダウンは監獄で使う言葉だ」など言っていたのが気になり調べてみた。

 ロックダウンは封鎖。ロックアウトは閉め出し。シャットダウンは機能停止。とあった。今回のロックダウンは「都市を封鎖する」という意味で、外から入るのも中から出るのも禁止すること。歴史によると遠い昔、欧米も中国、アラブも世界の都市は城塞都市であった。城塞都市は日本の城下町とは違う。ギリシャ時代のトロイも城塞都市でありその門を開けさせるために木馬を贈る話が有名な「トロイの木馬」である。
 最近BBCのテレビドラマで「レ・ミゼラブル」を見た。主人公ジャン・バルジャンはトゥーロン刑務所から出て放浪し、ディーニュの町の門がありそこで身分証明書を見せて入るシーンを思い出した。城塞都市は門ひとつを閉めるだけでロックダウンできた。ディーニュの町で教会から銀の皿を盗み神父様に許されるところから彼の心が変わり物語が始まる。城塞都市といえば、東京上野の近代美術館の庭にあるロダンの彫刻「カレーの市民」を思い出す。一年以上戦ったのち負けて門のカギを渡す6人の市民の苦悩した表情はさすがロダンである。

 今日はレミゼやロダンの話ではない。城塞都市はロックダウン後も1年以上も籠城できるだけの町の機能を有していた。今回の敵は軍隊でなくウィルスだから都市機能もほとんど停止しなければならない。言うなれば「ロックダウン+シャットダウン」である。城塞都市には備えがあったが現代の都市にはその備えも心構えもどちらもない点が困難さと混乱さを招いている。さらに、都市の内側にいる個人宅単位でのロックダウンとなっている点が問題を大きくしている。
 カミュの「ペスト」では9か月ロックダウンが続いた。新型コロナウイルスも同じくらいに考えておいたほうがいいかもしれない。インターネットであふれる情報過多の時代には真の教養こそが正しい判断を下す拠り所になるであろう。

中島 高英

プライベートセミナー講演記録を公開

2020年3月3日に行われたプライベートセミナー第一部の講演記録を公開しました。

第一部講演
『工場の経営マネジメントに IoT ・ AI を活用する方法』
 ~ DX 時代におけるスマートファクトリー ~

■講演の概要
 工場のDX化を行うためには、新しい切り口が必要です。特に中小企業においては専門職の不在という制約があります。そのような制約の中、我々が現在進めている金型工場でのプロジェクトを通して、データ収集、データ利活用による、リアルタイムの「稼動の見える化」による「現場改善」、「モノの見える化」によるABC原価、そして経営戦略の意思決定支援のための「儲けの見える化」まで を統合したシステム化の事例をご紹介します。さらに工場のDX化に取り組むための発想のヒントまでを紹介した中島高英の講演です。

講演記録を読む>>>

コロナウイルスと方丈記

 世界中を巻き込んだコロナウイルス感染劇は映画が現実になったようだ。政府はその現実を受け入られずに「緊急事態宣言」後も具体的な施策を出せず、「調整中」を続けている。
 非常事への対応は平時のシミュレーションと心掛けにある。どちらにしても対応の遅れがはっきりしている以上、我々は長期戦の備えをしていくしかいない。弊社も在宅ワークに切り替え、私も自宅に閉じこもっている。

 自室で何気なく手に取って読んだのが鴨長明の「方丈記」である。12世紀の京都の様子の描写の凄さに驚いた。そこは美しい京都でなく生き地獄のような風景であった。その地獄は5つの災厄が書かれていた。
 ・大火
 ・竜巻
 ・飢餓
 ・地震
 ・遷都

 自然災害、火事、飢餓の4つは理解できるが5番目の遷都には思わず笑いが込み上げた。この遷都とはわずか半年で崩れた平清盛の福原遷都を指している。いつの時代も悪政は庶民に「地獄」をもたらすものである。これから数か月後の日本がそうならないことを祈るばかりである。

 もうひとつ気づいたことがある。「疫病」が入っていなかったことだ。12世紀の日本ではまだ「疫病」はそんな大ごとではなかったということか。国際的な人の往来がなく、近代科学が生んだ新しいウイルスも存在していない時代もあったということだ。
 なるほど、科学だ、AIだ、グローバル化だ、などという言葉と会社の価値は時価総額だ、人の価値は収入の大きさだ、などというマネー至上主義の現代社会のほうがずっと野蛮な時代に入り込んでいて、そんな現実にも気がつかずに生かされている人間たちにコロナウイルスは猛省を促してくれているのかもしれない。

 かく言う私も、人の命の大切さと人生のはかなさが染み入る年になった今だからこそ言えることである。4月8日はお釈迦様の生まれた日である。去年、墓じまいをしてから毎朝、仏壇と共同墓地の方向に向かって「南無阿弥陀仏」を10回ずつ、手を合わせて唱えている。心はいつか遠くない時期にあの世にいける時を待っているのかもしれない。
 のんびり読書をしている場合ではない。自分が死んでも会社が継続していくように考えなくてはならない。お客様や社員に迷惑をかけられない。出来る限りの準備をしなくてはいけないと思う今日この頃である。

中島 高英

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