コロナウイルスと3か月間暮らして

 人生において、この3月、4月、5月の間はこんなに真面目かつ真剣に生きたことはなかった。まるで10年間分を3か月間で経験した気分である。そこで考えたことや行動を振り返ってみた。
 自分の中ではまあ仕方ないかというレベルの受け身の気持ちであったものの、世の中の動向に合わせて3月1日から在宅ワーク勤務体制を実施した。
 日を追ってコロナウイルスの実態が分かるにつれて「結構、ヤバい事」が起きていることに気が付いていった。

自分の身が危ない
 3月初めの東京は北海道や大阪に比べてのんびりとしていた。その中で一番言われていたのがコロナウイルスは老人、それも疾病を持つ老人が罹ると生命に危険があるということだった。一番危ないのが自分ではないかと気が付いた。人間ってどんな時も自分の問題にならないと真剣に考えないものだ。ここは素直に従い、夜の外出も止め、手洗いとうがいをすることにした。

死と向き合う
 楽天的な私が今回だけは「自分だけは大丈夫」とは考えなかった。自分が感染したら皆さんにお別れも言えずに死んでしまうと思った。現在もそう思っている。何しろ、高齢、病気持ち、喫煙者の3拍子持っている身であるから。
 What ifもし死が今月やってくるとしたら、どうしたらよいのか深刻かつ真剣に考え抜いた。

終活をはじめる
 身内の人間を送ってきた経験から残され者の大変さを知っている。そこで家の片づけをはじめた。ひとつひとつ思い出がいっぱいあったが何と段ボール10箱分を処理した。この作業に一番時間がかかったが同時に考える時間をもたらしてくれた。

遺書を書きはじめる
 片付け整理をしていると身の回りの人や社会への感謝の気持ちが自然と湧き上がってきた。まるで山の泉のように絶えることなく湧いてきた。遺書を書きはじめた。なかなか難しい。心を文章に表現するということは。いまだ未完成で白い便箋のままである。

やり残したものは何か
 やり残したものは何かと自分に問えば、あれもこもすべて中途半端に食い散らかした状態であることに気づいた。どれもこれも残された時間では達成するのは難しい。次の者たちに託すか捨て去るしかない。次の者たちが拾うか捨てるかはその方々の判断にゆだねるにしても、出来るだけ負担がない形で残したとは思っている。

会社をどうするか
 今年の1月1日に、自分が持っていた会社を合併して新会社として発足した矢先であった。計画通りにはいかないものだ。誰も経験のしたことのないこの事態に、株式を100%持つオーナーとして、代表取締役CEOとしてどう立ち回るか一人で考え決断していかねばならない。と今までの私なら孤独にそうしただろう。
 しかし、今回は、人間として「死」を覚悟しての日常生活であったからこそ、次の世代の取締役3名と一緒に4人で逐次相談して施策を決めていった。結果、経営チームが形成され30年間のワンマン経営がわずか3か月間でチーム経営に変貌できた。

在宅ワークが知的生産性をあげる
 在宅ワークとZOOMのネット会議の成果は、知的生産性が3倍以上に上がることに気づいたことである。通勤と職場からの拘束がなく、一日中自由に時間が使えることによりマイペースで思考に集中できたお陰である。

新しい自分としてスタート
 運よく3か月間生き延びることができた今はウィズコロナ時代を生きるに当たり「死」と向き合う日常を通じて新たな自分として残された時間を大切に淡々と「恩送り」を意識して生きようと思っている。
 終活の時期に前向きに「日日是好日」に送れることはありがたいと思い、すべてのものに感謝しながら時代に立ち向かっている。

中島 高英

コロナウイルスと4つの崩壊

 今回のコロナウイルス感染症に伴い、「医療崩壊」という言葉をよく耳にするが、私の目には「医療崩壊」だけでなく他のところも崩壊しているように映っている。

  1. 医療崩壊
    感染症用の病棟が足りず、既存の他の医療が行えないという物理的な問題である。そもそも医療行為とは何かから見直すべきである。
    例えば、現在末期がんの患者は、これ以上の医療行為は不可能ということで病院から拒否され追い出される。私自身その家族として途方にくれた経験がある。コロナウイルスの患者は医療行為からすれば隔離と人工呼吸器による延命治療以外ない。とすれば現状の定義からすると医療行為外の患者ということになる。医療について今一度見直すべきである。
  2. 政治崩壊
    国会議員約1000名、地方議会議員3万名。彼等は高額報酬とその身分を保証された状態なのに、今回何を提案し行動したのだろうか。ここを削って保健所職員を増やしたほうがよいと感じたのは私だけだろうか。
    さてどのくらい削減するのがいいか考えてみた。行動抑制8割から推計すると議員数は2割の国会議員200名、地方議員数6千名にするのはどうだろうか。あながち無茶な数字ではない。例えば米国の国会議員数は535名(上院100名、下院435名)である。人口当たりで比べると日本の議員数はアメリカの4倍になる。アメリカと同じ比率にすると日本の議員数は現在の25%の250名となる。結構近い数字になる 。
  3. 行政崩壊
    国家公務員58万人、地方公務員274万人もいながら、マスクも10万円も国民に届けられない硬直化した行政組織ということが見えた。さらにこの硬直化した組織を食い物する輩も出てきている。マスクの調達先、466億円のうち公開されているのは4社90億円(4月22日現在)のみ。マスクは形のあるものだからいずれ究明されるだろう。
    マスクよりさらにえぐいのが緊急経済対策費2兆3176億円だ。委託先が広告宣伝会社の電通に749億円で再委託されていたことが報道されている。
    行政はお役所仕事と言われて遅いがそれでも公務員の皆さんが持っている基本ポリシーは公平、公明正大さである。だからこそ国民もそれを信じ我慢してきた。電通のポリシーはそれとは真逆である。税金は無駄に使われてはいけないが利益だけを求めるビジネスの食いものされてもいけない。
  4. 家庭崩壊
    これは深刻だ。学校の休校と在宅ワークになり、子どもと亭主が24時間家にいることで家庭崩壊が目立ってきている。実際私の身近なところでも「きっとあの夫婦、解除後離婚ね」という噂を耳にすることが多くなった。
    ということは今回のスティホーム作戦は2波、3波では「ホーム」そのものが使えない可能性がある。

考察
 「4つの崩壊」はそもそもコロナウイルスが原因なのかと考えみた。
例えば、「家庭崩壊」だがその予兆はあった。岩村暢子氏の「食にみる現代家族」の講演で、現代は家族団欒の食事はしておらず個人バラバラに家でもしている。という話を聞いて愕然としたことがある。
https://tomoiki.jp/report/19_02_351.html
 「政治と行政の崩壊」も森友・加計問題でその予兆は見えていたし、最近では検察黒川問題でも公平、公明正大から遠く離れた事態があった。
 「4つの崩壊」はコロナウイルス禍によって「不都合な真実」が表面化されたすぎない。まあ簡単に言えば、うすうす「おかしい」と感じていたことが「はっきりとした姿」として「やっぱり、おかしい」と人々の前に現れたということだ。

結論
 国家という「共同幻想」の像が崩れ「擬制の終焉」をもたらした。
 人の価値観も生活様式も変わった以上、国の在り方をもう一度見直したほうがよい時に来ている。ウィズ・コロナの「新生活様式」への変更というレベルでなく、そもそも社会、個人の在り方を変える時がきたと思う。
 変わることは痛みも伴うがそれが嫌でここまできてしまった。これから自分たちのことだけでなく、生まれてくる子供たちのことを考えて、その子たちが安心して心豊かな生活を送れる国を残すために、私たち一人一人が「覚悟の生き方」をしていかねばならないと受け止めている。

中島 高英

追記 難解な吉本隆明の「共同幻想論」、「擬制の終焉」、「言語にとっては美とは何か」など読んでほとんど理解できなかったが胸が熱くなった若い頃を思い出した。

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