コロナウイルスとロックダウン

 非常事態宣言後、迷走していた休業要請の業種も平時の政治力学の結果発表となり、ストレス満載の週末を自宅でじっと過ごしている。
 最初は違和感があったが、聞きなれない「ロックダウン」という言葉も1月半以上聞かされていると人は慣れてくるものである。そういえば社会党の福島みずき党首が「ロックダウンは監獄で使う言葉だ」など言っていたのが気になり調べてみた。

 ロックダウンは封鎖。ロックアウトは閉め出し。シャットダウンは機能停止。とあった。今回のロックダウンは「都市を封鎖する」という意味で、外から入るのも中から出るのも禁止すること。歴史によると遠い昔、欧米も中国、アラブも世界の都市は城塞都市であった。城塞都市は日本の城下町とは違う。ギリシャ時代のトロイも城塞都市でありその門を開けさせるために木馬を贈る話が有名な「トロイの木馬」である。
 最近BBCのテレビドラマで「レ・ミゼラブル」を見た。主人公ジャン・バルジャンはトゥーロン刑務所から出て放浪し、ディーニュの町の門がありそこで身分証明書を見せて入るシーンを思い出した。城塞都市は門ひとつを閉めるだけでロックダウンできた。ディーニュの町で教会から銀の皿を盗み神父様に許されるところから彼の心が変わり物語が始まる。城塞都市といえば、東京上野の近代美術館の庭にあるロダンの彫刻「カレーの市民」を思い出す。一年以上戦ったのち負けて門のカギを渡す6人の市民の苦悩した表情はさすがロダンである。

 今日はレミゼやロダンの話ではない。城塞都市はロックダウン後も1年以上も籠城できるだけの町の機能を有していた。今回の敵は軍隊でなくウィルスだから都市機能もほとんど停止しなければならない。言うなれば「ロックダウン+シャットダウン」である。城塞都市には備えがあったが現代の都市にはその備えも心構えもどちらもない点が困難さと混乱さを招いている。さらに、都市の内側にいる個人宅単位でのロックダウンとなっている点が問題を大きくしている。
 カミュの「ペスト」では9か月ロックダウンが続いた。新型コロナウイルスも同じくらいに考えておいたほうがいいかもしれない。インターネットであふれる情報過多の時代には真の教養こそが正しい判断を下す拠り所になるであろう。

中島 高英

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